奈良県桜井市大福 | みそやはしらじんじゃ

三十八柱神社、
小墾田宮の記憶。

推古天皇の小墾田宮伝承地に鎮座する、桜井市大福の神社。
古代大和の記憶と、地域の祈りを今に伝えています。

桜の季節の三十八柱神社の鳥居
桜の季節 | 三十八柱神社奈良県桜井市大福

「三十八柱」という名は、
お祀りする神々の数に由来します。

古代の伝承と、暮らしの祈りが
静かに重なる場所。

おはりだのみや | 伝承地

推古天皇の
小墾田宮を伝える。

三十八柱神社は、寺川の南側、大福の地に鎮座しています。近鉄大阪線の大福駅から北へ約5分。境内は、推古天皇の小墾田宮があった場所とも伝えられ、拝殿左手には「小墾田宮伝承之地」の石碑が建立されています。

享保3年(1718年)の由緒記には、当社を「小治田宮」と呼んでいた記録が残ります。明治初期の神仏分離を経て、現在の「三十八柱神社」という名になりました。

桜井市観光協会の紹介ページ ↗
小墾田宮伝承之地の石碑
小墾田宮伝承之地の石碑
大伴坂上郎女の万葉歌碑
大伴坂上郎女の万葉歌碑

受け継がれる郷土研究

祖父が追究した
「小墾田宮=大福」説。

三十八柱神社の鎮座する大福の地は、推古天皇の時代に置かれた小墾田宮の地ではないか――。この問いを長年にわたり研究し、地域に伝えてきたのが、当社前宮司である祖父でした。

祖父は、『聖徳太子伝暦』『太子伝玉林抄』『大和名所記』などの文献、古い地名や条里の地割、横大路などの古道、そして大福で発見された銅鐸や古代の遺構を一つひとつ調べました。

その研究成果は著書『小墾田の宮とその大福説』にまとめられています。学説としては今も議論の続くテーマですが、郷土の記憶を守り、後世へ伝えようとした祖父の歩みは、三十八柱神社の歴史の一部です。

祖父が著した『小墾田の宮とその大福説』の表紙
祖父が著した研究書『小墾田の宮とその大福説』
小墾田宮大福説の文献上の根拠を記した本のページ
文献上の根拠について
小墾田宮大福説顕彰の経過を記した本のページ
小墾田宮顕彰碑建立の経過

著書の内容から

小墾田宮は大福にあったのか

祖父の著書は、推古天皇の宮都として知られる小墾田宮の所在地を、大福の地に求める郷土研究です。書名の「小墾田の宮とその大福説」には、古代の記録と、現在の大福に残る地名・道筋・伝承を重ね合わせて考えようとした研究姿勢が表れています。

著書では、聖徳太子伝暦や太子伝玉林抄、大和名所記などの文献を手がかりに、「大仏供の里」「小墾田宮」といった古い記述を検討しています。また、横大路など古代から続く道、条里の地割、寺院に関わる地名、出土した銅鐸や古代の遺構にも目を向け、大福が古代大和の交通・文化の一地点であった可能性を論じています。

研究の中心にあるのは、文献だけでなく、土地に残る記憶を読み解くことです。小墾田宮伝承之地の石碑や三十八柱神社の由緒、周辺の地名・古道を一つの歴史的な風景として捉え、神社に伝わる「小墾田宮」の記憶を後世へ残そうとしています。

この説は、古代史上の一つの見解として、今後も史料や考古学的成果と照らして考えていくべきテーマです。本サイトでは、祖父の研究を確定した歴史的事実としてではなく、三十八柱神社と大福の土地に受け継がれてきた郷土研究として紹介します。

文献聖徳太子伝暦・太子伝玉林抄・大和名所記
土地古い地名・条里の地割・横大路などの古道
遺跡銅鐸や古代の遺構、大福に残る伝承

原資料ギャラリー

祖父の著書を読む

写真をクリックすると拡大できます。ページ番号は本の印刷ページに基づいています。

神名の読みについて 原著の該当ページでは「福井神(ふくいのかみ)」と振り仮名が付されていますが、現在参照される神名資料では「福井神(さくいのかみ)」とされるため、本サイトでは「さくいのかみ」と表記しています。原著の写真は、記載されたまま掲載しています。

研究書の表紙『小墾田の宮とその大福説』
研究書の表紙
研究書の序章・5ページ
序章・5ページ
研究書の序章・6ページ
序章・6ページ
研究書の序章・7ページ
序章・7ページ
研究書の序章・8ページ
序章・8ページ
研究書の序章・9ページ
序章・9ページ
研究書170ページ・現代の情勢
170ページ・現代の情勢
研究書176ページ・小墾田豊浦寺
176ページ・小墾田豊浦寺
研究書178ページ・顕彰の経過
178ページ・顕彰の経過
研究書177ページ・小墾田宮大福説顕彰の経過
177ページ・顕彰の経過
研究書175ページ・大福に残る小墾田の遺跡
175ページ・小墾田の遺跡
研究書173ページ・三十八柱神社の記録
173ページ・神社の記録
研究書172ページ・文献上の根拠
172ページ・文献上の根拠
研究書・文献上の根拠
文献上の根拠

宮中神三十六座と、
伊邪那岐命・伊邪那美命。

三十八柱神社では、宮中に祀られた神々三十六座に、伊邪那岐命・伊邪那美命の二座を加えた、合計三十八柱をお祀りしています。下記は、石井繁男著『小墾田の宮とその大福説』に掲載された構成に基づく一覧です。

36宮中神三十六座
2伊邪那岐命・伊邪那美命
38合計三十八柱
神祇官西院坐御巫等祭神十三座
  • 神産日神(かみむすびのかみ)
  • 高御産日神(たかみむすびのかみ)
  • 玉積産日神(たまつむすびのかみ)
  • 生産日神(いくむすびのかみ)
  • 足産日神(たるむすびのかみ)
  • 大宮売神(おおみやのめのかみ)
  • 御食津神(みけつのかみ)
  • 事代主神(ことしろぬしのかみ)
座摩巫祭神 五座
  • 生井神(いくいのかみ)
  • 福井神(さくいのかみ)
  • 綱長井神(つながいのかみ)
  • 波比祇神(はひきのかみ)
  • 阿須波神(あすはのかみ)
御門巫祭神八座

宮中の四方の門に祀られた神々。

  • 櫛石窓神(くしいわまどのかみ・四面門各一座・四座)
  • 豊石窓神(とよいわまどのかみ・四面門各一座・四座)
生嶋巫祭神二座
  • 生嶋神(いくしまのかみ)
  • 足嶋神(たるしまのかみ)
宮内省坐神三座
  • 園神社(そののかみ・一座)
  • 韓神社(からのかみ・二座)
大膳職坐神三座
  • 御食津神社(みけつのかみ)
  • 火雷神社(ほのいかづちのかみ)
  • 高倍神社(たかべのかみ)
造酒司坐神六座
  • 大宮売神社(おおみやのめのかみ・四座)
  • 酒殿神社(さかどののかみ・二座)
  • 酒弥豆男神(さかみづをのかみ)
  • 酒弥豆女神(さかみづめのかみ)
主水司坐神一座
  • 鳴雷神社(なるいかづちのかみ・一座)
三十八柱神社に加え祀られる二座二座
  • 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
  • 伊邪那美命(いざなみのみこと)

出典:石井繁男著『小墾田の宮とその大福説』(昭和61年)。神名・座数は同書掲載の記載に基づき整理しています。

境内の小社

境内に鎮座する社

説明板の表記に基づき、社殿の写真と由緒をご紹介します。説明板の写真は掲載していません。

三十八柱神社境内の祓戸社
祓戸社

祓戸社(はらえどしゃ)

ご祭神は瀬織津比売(せおりつひめ)です。祓戸社は参詣者が御本社にお参りする前に、身に付いた罪・穢れを祓い浄めるためにお参りする御社です。

三十八柱神社境内の多度社
多度社

多度社(たどしゃ)

ご祭神は天之水分神(あめのみくまりのかみ)・国之水分神(くにのみくまりのかみ)の二柱です。江戸時代の飢饉のおり、現在三重県桑名市にある多度大社の末社・雨宮八幡宮から分祀を戴きました。多度大社は天照大神の第三子、天津彦根命(あまつひこねのみこと)を主祭神とする大社で、「北伊勢大神宮」と呼ばれています。雨乞いと商売繁盛の神様です。

三十八柱神社境内の十森社と春日社
十森社・春日社

十森社(とおのもりしゃ)・春日社(かすがしゃ)

十森社のご祭神は大物主命(おおものぬしのみこと)です。寺川の北側にある小社ですが、平安時代トウド(田人)という坪にとうど社があり、荘園の氏神で後十森神社と呼ばれたが、明治二十二年この神社に遷されたと説明されています。春日社のご祭神は天児屋根命(あめのこやねのみこと)です。

静かに、
お参りください。

三十八柱神社は、地域の暮らしの中に鎮座する神社です。参拝の際は、境内の案内と地域の静けさにご配慮ください。

所在地〒633-0067
奈良県桜井市大福479
交通近鉄大阪線「大福駅」から
北へ徒歩約5分
参拝境内の参拝は自由
※祭事・祈祷は別途ご案内

原資料ギャラリー

祖父の著書を読む

神社の由緒や研究内容をご覧いただいた後に、原本のページを紹介しています。写真をクリックすると拡大できます。ページ番号は本の印刷ページに基づいています。

神名の読みについて 原著の該当ページでは「福井神(ふくいのかみ)」と振り仮名が付されていますが、現在参照される神名資料では「福井神(さくいのかみ)」とされるため、本サイトでは「さくいのかみ」と表記しています。原著の写真は、記載されたまま掲載しています。

研究書の表紙『小墾田の宮とその大福説』
研究書の表紙
研究書の序章・5ページ
序章・5ページ
研究書の序章・6ページ
序章・6ページ
研究書の序章・7ページ
序章・7ページ
研究書の序章・8ページ
序章・8ページ
研究書の序章・9ページ
序章・9ページ
研究書170ページ・現代の情勢
170ページ・現代の情勢
研究書176ページ・小墾田豊浦寺
176ページ・小墾田豊浦寺
研究書178ページ・顕彰の経過
178ページ・顕彰の経過
研究書177ページ・小墾田宮大福説顕彰の経過
177ページ・顕彰の経過
研究書175ページ・大福に残る小墾田の遺跡
175ページ・小墾田の遺跡
研究書173ページ・三十八柱神社の記録
173ページ・神社の記録
研究書172ページ・文献上の根拠
172ページ・文献上の根拠
研究書・文献上の根拠
文献上の根拠